昨日の続き

綿子さんは結局、田んぼ13枚の管理を引き受けてしまった。

「わしは知らんで。手伝えんからな!」

と念を押したのにだ。

その後、肝心の綿子さんは6月末に骨盤骨折で入院してしまった。
茂造さんは田んぼの管理を引き受けたという認識が無いのか田んぼはほったらかしだ。
見かねた光三さんから「〇〇と✕✕の田んぼは水が無くなって干上がっとるぞ」とかつおさんに連絡が来る。

これは困った。どうしたらいいんだ。

かつおさんはこの春から一応、営農集団のメンバーになっていた。
というのも茂造&綿子さんに引退してもらいたい現メンバーに名義を移して欲しいと頼まれたからだ。
「仕事があるからあんまり参加できませんよ」と断りを入れ、それでもいいからと言うので引き受けたのだった。
けれど今まで田んぼのことにはノータッチだ。
営農集団ができる前までは各家で米作りをしていたので、その頃は籾撒きや田植え、稲刈りなどは手伝ったことがあったが水の管理は全くしたことがない。
どうやって田んぼに水を入れるのか?
全然分からない。
けれどもうやるしかない。

夏場は仕事から戻ると毎日のように茂造さんに水の入れ方を教えてもらい田んぼに通っていた。
茂造さんに水入れを頼むと入れっぱなしにして苦情が入る。
茂造さんも当てにできずかつおさんは一人で疲労困憊だった。
13枚の田んぼというと自分ちの田んぼの数より多いのだ。
仕事をしながら13枚もの田んぼの管理は無理な話だ。
でも、途中で出来ませんと言ったところで代わりにやってくれる人はいない。
他のメンバーも手一杯なのだ。
本当に大変だった。

その頃、諸悪の根源の綿子さんは涼しい病院で快適に過ごし、リハビリ野郎に熱を上げていたのだった。
二度と帰ってこなきゃいいのにな

今思い出しても腹が立つ。
もう綿子さんの尻拭いはイヤだ!
来年は絶対に断ろうと決意したのだった。

続く



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