昨日の続き

綿子さんをホールに送り届けた草野マネージャーが戻って来た。
わたしはさっきの話をぶつけてみた。

「綿子さんがお金を持って来てくれって言うんです」

「えっ?お金ですか?」

「はい。なんでも今月末に帰国するスタッフに世話になったからみんなでお金を渡すんやって言うんです」

「ええっ!いえ、帰国する者はおりますが、いや~まさかそんな話になっていたとは」

草野さんも知らなかったようだ。

「お金は持ち込み禁止でしたよね?他の人もお金は持ってないですよね?」

「はい。きっと綿子さんと仲のいい同じテーブルの人達でそんな話になってるんでしょうね。ちょっと注意して見ておきます」

「よろしくお願いします。それでお金は持って来れんって断ったら黙り込んでしまって。自分だけ用意できないと思って辛かったみたいで」

「他の人もお金や持ってないやろがって言うたんですけど、他の人は引き落としにしてもらいよるとか言い出して」

「あらまぁ」

「それからその次に3月末で退院するんやって言い出したんです。なんでも何人か家に帰った人がいたとかで、自分も帰るって言い出しまして」

「えっ?いえ、綿子さんが入所してから家に帰った人は一人もいませんよ」

「やっぱりそうですか。けど、なんでも4月に退院する人がいて、その人に綿子さんはいつ帰るん?って聞かれたから3月末かなって答えたんやって言ってました」

「いやいや、4月で帰る予定のの人もいませんし」

やはりボケ老人同士の会話だったのね。
思った通りだ。

「普段は楽しそうに過ごされてまして、帰りたいとか言うことは無いんですけどねぇ」

草野マネージャーと話して綿子さんの言う事にはやはり妄想がふんだんに盛り込まれていたんだと確信した。
それならいちいちまともに受けずに適当にいなした方が良かったのだろうか?
とにかくせっかく面会に来たのに、最後はみんなだんまりで重ーーい空気になってしまった。
草野マネージャーも様子を見に来た時にあれ?っと思ったそうだ。

「それでみんさん、なんだかおかしな顔をされてたんですね。綿子さんもいつもと顔つきが違うなぁと思ったんです」

「お通夜みたいだったでしょう。お金を持って来いとか、退院するとかアカンことばっかり言うもんやから、断ったら黙り込んでしもうて。こっちも何を言うたらええか分からんようになってしもて。こんなにタイマーが鳴るのが待ち遠しかったのは初めてですわ(笑)」

「ホント、まだ鳴らんの?ってずっと思ってました(笑)」

「それは待ち遠しかったですよね。いや~~すみません(笑)」

餞別の件など後のことは草野マネージャーにお願いして帰ることにした。
パーテーションの向こうの綿子さんを覗くと嬉しそうにみんなにおしぼりを配って歩いていた。
イキイキして楽しそうだ。
こちらに気付いたので手を振るとニコッとしながら手を振り返してくれた。
ちょっと安心した。
やっぱり結構楽しくやってるんじゃん。
また来よう。
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