昨日の続き

エレベーターで4階に上るといつもの席に綿子さんが座っているのが見えた。
相変わらず前ではなく横向きに座ってこちらが見えるように座っている。
なのですぐわたし達に気付いた。
すくっと立ってこちらに歩き始めた。
はやっ!!
するとスタッフさんがすかさずわたし達に声をかけてきた。

ス「綿子さん、この間歩行器からお自身のシルバーカーに替えたんですけど、やっぱりふらつきもあって危ないという事でまた歩行器に戻したんです。けれど本人さんが納得しなくって。「シルバーカーでええ」って言ってきかなくって。それで今日入浴している間に歩行器と入れ替えたんです。シルバーカーはそばに置いておくとそちらを使おうとするのでこちらで預からせていただきました」

「あら~そうなんですね。分かりました」

ス「それで今もの凄く機嫌が悪いんです。すみません」

「そうですか。こちらこそ申し訳ありません」

こうしてスタッフさんと話をしている間、綿子さんは近寄ってこなかった。
部屋へ行く廊下の途中で立ち止まってこちらをにらむような目で見ていた。
なるほどこのせいなのね。
かなり機嫌が悪そうだ。
みんなで部屋へ移動中、ゆうくんを見てやっと顔がほころんだ。
「来てくれたんか~」
しかし部屋に入ると途端にブツブツ文句を言い始めた

綿「もう嫌になるわ!!ほんまに!!私のいつも押しとるあの手押し車が無しんなったんや!」

「へぇ~。ま、でも名前書いてあるからそのうち出てくるやろ」

まともに相手はしない。
のらりくらりスルーだ。

綿「だけど✕✕✕✕✕✕・・・・」

ひたすらスタッフさん達の文句を言う。

綿「もうほんまにここが嫌になったわ。もう家に帰ろうかしら」

何をアホなことを!

綿「家に帰ったら毎日ゆうくんにも会えるし」

ハァ?
ありえんけど家に戻ったらゆうくんと会う頻度は減ると思うで。
ここにおるから来るんやん。
ここならこちらのペースで来れるからなんとか来れとんやん。
決して喜んで来ている訳じゃないんだから。
家で一人で生活できるんならしょっちゅう会いになんか行きませんて。
一人で家に居たらゆうくんのことで頭が一杯で、押しかけて来るようになるだろう。
そしたら嫌われて避けられるようになるのが目に見えている。
ゆうくんがいない頃でも何かとつまらない用を作って我が家に来てたもの。
間違いないだろう。
こう想像するだけでゾッとする。
想像するのも嫌だ。

「家に帰っても一人で生活出来んやろ。こんな歩きかねとるのにどうやって生活するん!」

つい強い口調で言ってしまう。

「そうやで。あんな段差だらけの家で生活出来んやろ」

ハルちゃんも追い打ちをかける。

綿「けど、ほんまに…」

まだ反論しようとしていた時だった。
ベッドに下ろしていたゆうくんがくるっと寝返りを披露した。

綿「うわ!今、寝返りしたで!」

「そうなんや。一昨日くらいから寝返りするようになったんや」

綿「うわ~凄いなぁ~」
ナイスだ

ゆうくんはうつぶせになり顔をあげて足をバタつかせている。
最近は「ぶーぶー」とよくしゃべる。
今日もぶーぶー言いながらよだれをボタボタ垂らしている。
綿子さんのベッドによだれのシミができている。

「あらあらベッドが濡れよるわ。ごめんな」

ハンカチで拭くが間に合わない。

綿「いやいや構わんで。ゆうくんのよだれがついたベッドで寝られるんなら嬉しいわ~」

綿子さんはすっかりご機嫌になっていた。
その後、シャインマスカットを食べさせ、かなり長い時間滞在したので大分落ち着いたと思う。
帰り際、エレベーターの前までついて来たのでその後のことは分からないが、来た時よりはマシになったんじゃないかと思う。
そうであって欲しい。

それにしても綿子さんも歳を取ってずい分頑固で人の言う事に耳を貸さなくなったなと思う。
今回のことも一度シルバーカーにしたもののやっぱり危ないからまたしばらくは歩行器を使いましょうと言うスタッフさんの言葉を素直に聞き入れれば何の問題も無かったことじゃないか。
それなのに「いや大丈夫や!こっちがええ!」と頑固な態度をとるから騙し討ちのようなことをせざるを得なかったんじゃないか。
それも綿子さんがまた転ばないようにと思ってしたことなのに。
ホント困ったもんだ。

それにしてもゆうくんはお手柄だ!
文句たらたら険悪な雰囲気の中、絶妙なタイミングで寝がえりを披露してくれて。
あれで一気に和やかなムードに変わった。
綿子さんの喜びようといったら。
またも「私の年金からこの子に何か買うてやってえくれの」を繰り返していた(笑)

そうそう和やかなムードの時、綿子さんがふと「かつおは?」と言った。

「かつおさんは熱が出て調子悪いんや。もう熱は下がったんやけど今週は来れんのや」

綿「そうな」

「ま、ゆうくんさえ来たらええやろ?」

綿「そうや」

どこまでもひ孫LOVEな綿子さんだった(笑)

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