かつおさん家のボケボケ介護日記

はじめまして好子です。アラフィフの会社員です。 高齢の義両親・茂造さん(92歳)と綿子さん(89歳)の介護をする夫・かつおさんのサポートをしております。 ここにグチを吐き出しながら明るく頑張っていきたいと思います。

タグ:まさか

12月7日 土曜日

今日も午後から面会に行く予定にしていた。
午前中はいつも通り実家の買い物同行へ。
かつおさんは午前だけ仕事に行った。
お昼過ぎ、かつおさんから電話がかかってきた。

「さっき麦さんから電話がかかってきて、光三さんが亡くなったって」

「ええっ!調子悪かったん?」

「いや、よう分からんのや。で、葬式のこととかもまだ分からんのや。とりあえず亡くなったって連絡だけでまた決まったら麦さんが連絡してくれるって」

「そうなんや」

「もう少ししたら帰るから」

「待っとるわ」

まさかの連絡だった。
米さんが亡くなってまだ1ヶ月ちょっとだ。
まだ49日もたっていない。
米さんのお葬式で久々に光三さんに会った時、かなり弱っているなと感じたがまさかこんなに早く逝ってしまうとは思ってなかった。
やはり米さんが亡くなったことがこたえたのかな。
仲がいいご夫婦だったが、だからって急いで追いかけて行かなくてもいいのに。
そうか米さんを見送るまでは死ねないと頑張っていたのだろうか。

光三さんといえばいつも穏やかで聡明な人だった。
かつおさんも息子のようにかわいがってもらったし、父のように慕っていた。
何かあると茂造さんではなく光三さんに相談したり教えをこうていた。
本当にお世話になりました。
ご冥福をお祈りいたします。
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昨日の続き

そして2階へ。
エレベーターを降りたところでスタッフさんに会った。
すぐさま寄ってきて茂造さんの様子を話してくれた。

ス「今日は朝から山田病院に行くから帰るんやってずっと言ってるんです。綿子が入院しとるから行かないかんのやって」

「ええっ?そうなんですか⁉実は先週家に連れて帰った時に綿子はどこやって言い出したんです。それで骨折して入院しとるんやって言ったんです。そしたらどこの病院や?みどりか?山田か?ってしつこく聞くので山田やって言うておいたんです。まさかまだ覚えているとは!」

ス「今日になって急に言い出したんですよ。思い出したんでしょうね」

「本当に申し訳ありません。ここにいることは絶対にじいさんには言うなって綿子さんから念を押されてるんで、ここにいるとは言えず適当に誤魔化したんですけどね。すぐ忘れるだろうと思ってたんです」

ス「それで山田病院が出てきたんですね。急にどうしたんだろうと思ってたんですよ」

スタッフさんと一緒に茂造さんのもとへ向かった。
茂造さんは部屋で寝ていた。

ス「茂造さん、ご家族さんが会いに来てくれたで。ほら起きよう!」

「ええっ?わし寝るわ」

ス「そんなこと言わんとせっかく来てくれたのに」

「じいさん調子はどうや?」

「わし寝るんや」

「じいさんジュース持って来たぞ」

「ええ。いらん」

「桃のジュースやぞ」

「桃!飲む!」

すくっと起きてベッドに腰かけた。
なんてげんきんな。
キャップを開けて手渡すと

「おお、美味い!」

まだ飲んでないやん…。

ふと隣のベッドを見ると空だった。
マットレスもない。

「あれ?隣の方は?」

ス「あぁ~お亡くなりになったんです」

まさかとは思ったがやっぱりか。
けど木曜日は普通に元気そうだったのに。
いつも無表情でちょっと怖そうな方だったがゆうくんを見て「可愛いのぉ」と表情が緩んだのが思い出される。
ほとんどかかわったこともないのになんだか淋しい…。

茂造さんがジュースを飲み終えたので帰ろうかと思ったら

「まだおれや。急いで帰らんでもええやないか」

と言い出した。
こんなことを言うのは初めてだ。
なので少しお付き合いすることにした。
茂造さんは先週家に帰って来た時のように喋り続けた。
相変わらず昔のことばかりだ。
父の為五郎のことや田んぼのこと兄弟や親せきの話を何度も繰り返す。
そして「わしいつ家に帰れるかのぉ?」といった。
かつおさんが慌てて「家に戻ってどうするんや。食べる事やって出来んやろ。おかんもおらんのぞ」と言うと「わし、自分でするわ。体やって動くのに出来るわ」と腕を振り回して見せる。

「先生に家に帰らせてくれって言うたら家に帰ったら死ぬぞって言われたんや」

「そうや。その通りや」

先生ナイス!
かつおさんは心底ほっとした顔をしている。

「ここにおったらええが」

「隣の人は昨日までそこにおったのに、おらんようになったんや。家に戻ったんやろのぉ。ええのぉ」

家に無言の帰宅をしたんやで。
ええことないやろ。
茂造さんは亡くなったことを理解していないようだ。
けれど何か感じることがあったのだろう。
午前中は綿子さんの見舞いに山田病院へ行くと騒ぎ、今は「まだおってくれ」とわたし達を引き留め喋り続けている。
なにか普段と違う。
そして

「会いに来てくれてありがとなぁ。来てくれるんはあんたらだけや。ありがとうございます」

と言い出した。
大丈夫か?
茂造さんも死期が近いんじゃないかと心配になるじゃないか。

茂造さん、できるだけ長生きしたいんでしょ。
ならここでスタッフさんの言う事を聞いてのんびり暮らすのがいいと思うで。
また時々家に連れて帰るからそれで我慢してください。
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11月25日 土曜日

問題の土曜日がやって来た。
大北氏が来るかどうか分からない。
私は実家へ行くのでいいが、かつおさんも外出しておかなくては。
予定では営農集団の仕事に行くはずだったが、天候が悪いので中止になってしまったのだ。
念のため出かけておかないと、もし大北が来たら困ったことになる。
けどかつおさんは昨日からいまいち体調が良くない。
なので2階で静かに過ごすことにした。
綿子さんにはかつおさんが不在だと思わせるために、車は他へ移動させた。
なんでここまでしないといけないんだ!
まったく!!

で、結局わたしが実家から帰宅したのが11時半過ぎだったのだが、それまでに大北氏は来なかった。
午前中に伺うとハガキに書いてあったのであと少し。
だが気は抜けない。
二人でお昼ご飯を食べに出かけることにした。

近くの定食屋さんに入りランチを食べていると見守りカメラの通知が鳴った。
玄関のカメラの通知だ。
ひょっとして⁈
急いでカメラを見ると大北氏が来ていて、綿子さんが迎え入れていた。
今、時刻は12時35分だ。
マジか⁈
どこまで非常識な人なんだ。
他人の家を訪問する時間じゃないじゃないか!
それにあそこまで言っておいたのに押しかけて来るなんて!
そんなに先祖のお参りがしたいなら、墓だけでええやん!
怒りが込み上げてきた。
それからの後のランチは全然味わう事ができなかった。


その後、家に戻ると綿子さんが納屋の辺りで何やらゴゾゴゾしていた。
かつおさんに気づくと「かつお、ちょっとこれ直してくれ」と言ってきた。
てっきり大北氏が来たという話になると思って身構えていたのだが、全然別の話だった。
昨日からの強風で外塀の扉が外れたらしい。
かつおさんがいないので自力で直していたそうだ。
ブロックを運んできて扉が飛ばないように抑えていた。
今はその事で頭が一杯のようだ。
かつおさんはかつおさんで、毎週土日は家の用事で忙しい上に営農の仕事もあって疲れている。
その上、今日は大北氏の件もあり気持ち的にも余裕がない。

「それでええやないか。そもそもそんなとこに扉やいらんやないか。わし、忙しいから直す暇はないわ」

綿「変な人が入って来るかも知れんやないか!」

はぁ?
誰がそんなところから侵入するんやねん!
扉の向こうはドブやで。
そもそも何のための扉なん?
アホらしくて付き合いきれません。
IMG_4570
そもそも何のための扉なの?
実はわたしは扉だと知らなかった。
IMG_4568
扉の裏側はドブ

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6日、金曜日。
この日は先日故障が判明した綿子さんちのエアコンの修理業者が来ることになっていた。
なのでかつおさんは休暇を取って家に居た。
わたしはもちろん仕事だ。

11時過ぎ、かつおさんから携帯に電話がかかってきた。
嫌な予感しかない。
電話に出ると
「ばあさん、コロナ陽性やって」

ええっ!!マジ⁉

「今からさくら苑にばあさんを迎えに行って佐藤病院に連れて行かないかんのや。それでじいさんも急きょ抗原検査したらバッチリ陽性が出たらしいんや。だからじいさんは3時に佐藤さんに連れて行くことになったんや」

ヒエーーー!!ダブルでコロナ感染か!!

一体いつ感染したんだろう?
それより元旦にはみんな揃って米寿のお祝いで食事をしたじゃないか。
そして二日はわたしの実家へ行ってここでも揃って食事をした。
みんな感染してないだろうか?

急いで家族LINEで翔ちゃんやハルちゃんに茂&綿の感染を連絡した。
二人は特にどうもないそうで、数くんも数日前に仕事の関係でPCR検査を受けたが陰性だったそうだ。
そして実家の両親にも連絡したが二人とも元気だとの事でホッとした。

とりあえず感染が発覚したのは茂&綿だけだ。
けどまさかこの二人が感染するとは思ってなかった。
これからどうしたらいいんだろう?
仕事が手につかなかったがなんとか仕事を終え、むっちゃ不安な気持ちで家へ帰った。

とりあえず、まず自分が感染していないか抗原検査キットで検査を行った。
幸い陰性だった。
かつおさんも陰性だったそうだ。

そして二人の様子と今後の予定をかつおさんから聞いた。
まず二人とも症状は軽いので自宅療養になるそうだ。
綿子さんは微熱と軽い咳と鼻水が少し出る程度だそうだ。
茂造さんは熱もなくたまに咳が出るだけだそうだ。
なので処方された薬は葛根湯ともし熱が上がった時のためのカロナールのみだった。
佐藤先生がおっしゃるには5回のワクチン接種が効いているのだろうとの事だ。
それで軽症なので入院等もせず自宅療養になるんだけど、65歳以上の高齢者は保健所へ届出対象になるそうだ。
毎日保健所から様子をうかがう電話がかかってくるので検温してその結果を報告しないといけないそうだ。
自宅療養の期間は7日間。でも感染リスクは10日間あるので16日までは家でじっとしておかないといけないようだ。
そんなに長い間、家でじっとしていられるだろうか?
それにデイに行けないから入浴もできないし、ストーマ袋の交換もしてあげなければならない。
コロナをもらわないように気を付けながら面倒を見るのは大変そうだ。

そうそうわたしたちは茂&綿たちと同じ建物で生活している訳ではないので濃厚接触者には当たらないそうだ。
仕事を休まなくて済むのでその点はほっとした。
けどこの正月、ノーマスクの綿子さんがちょくちょく我が家に上がり込んできてたもんな。
ちょっと心配だ。
これからどうなるんだろう?
不安しかない。
ほげえ

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