かつおさん家のボケボケ介護日記

はじめまして好子です。アラフィフの会社員です。 高齢の義両親・茂造さん(93歳)と綿子さん(91歳)の介護をする夫・かつおさんのサポートをしております。 ここにグチを吐き出しながら明るく頑張っていきたいと思います。

タグ:施設

3月11日土曜日

今日はかつおさんは仕事に行った。
このところかなり休みを取ったのでみんなに迷惑をかけている。
今、仕事も忙しい時期らしい。
なので少しでもカバーしようと休日出勤したのだ。
茂造さんが入所したのでやっと仕事にも打ち込めるのだ。

仕事に行ったかつおさんに代わり、わたしが病院等を回った。
まずさくら苑に綿子さんの先月の利用料を支払いに行った。
その後、いぶきの森へ綿子さんの先月のショートステイの利用料の支払い&茂造さんのストーマ袋を届けに行った。
そしてみどり整形に綿子さんの着替えを届け、洗濯物を回収してきた。
なにげに忙しい。

そしていつものように実家へ行き、両親を連れて買い物に行った。
父も母も普段は家の中で歩く程度でほとんど運動をしない。
母はまだ家事をしたり、庭の花の手入れをするので多少は動くが、父はほとんど座ったままだ。
週に1回だが、買い物に連れて行って歩かせているのだ。

そして両親にも茂造さんが入所したことを伝えた。
ここ最近の状況も伝えていたので、入所の申し込みをしたことは知っていた。
が、あまりの早さに驚いていた。
母が「でもちょっと可哀そうやなぁ」と言った。
「まあな。でも家でみるんやったら仕事を辞めな無理や」
母「昔はみんなそうしよったんやけどなぁ」
「昔は介護保険も無かったしな」

わたしの実家では昔、父の母、わたしの祖母が寝たきりになり、父と母がずっと世話をしていた。
デイサービスなども無い時代で、週に1回、父と母が祖母を担いで風呂に入れていた。
オムツをしていたので母は近所でパートの仕事をし、昼は家に戻り、オムツを替えたり昼ご飯を食べさせたりしていた。
最後にはボケて這いながら徘徊したため、仕事はやめなければならなくなった。
そうやって介護をしていた。
その頃はそれが当たり前だった。
やはり介護のしんどさも分かっているが、一抹の寂しさも感じるのだろう。
これくらいしてもらわなきゃ

「でも、今は仕事をやめんでもええように介護保険があるし、そういう施設やサービスがあるんやん」

母「かつおくんもよく頑張ったなぁ」

「お父さんもずっと家に居りたかったら、しっかり頭と足を鍛えときなよ。ボケてシッコの始末が出来んようになったり、動けんようになったら施設に入らないかんようになるんやで」

父「頑張るわ」

ほんと、わたしが定年になるまでは頑張ってくださいよ。


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昨日の続き

綿子さんたちの実家ですっかり話し込んでしまった。
さあ、早く弟宅に向かわなくてはと思っていたらみぃちゃんが出てきたそうだ。
みぃちゃんはかつおさんの従妹だ。
しかも今、置かれている状況がかなり似ている。
お互い親と敷地内同居をしていて、両親とも痴呆症だ。
(寿々さんはそうと決まったわけではないが)
みぃちゃんもきっと苦労が絶えないんだろうと思う。

みぃちゃんともっともっと話をしたいが最初の目的の弟のお参りの約束の時間をとっくに過ぎてしまっていたのでそこそこで切り上げ出発したそうだ。

そして弟宅に向かう車内で情報通の麦さんに聞いた話によるとあきらさんちも納屋の断捨離をして8tトラックに10杯以上のゴミを処分したそうだ。
やはり農家の本家にはゴミが山積みになっているのね。
というか綿子さん兄弟はみんな貧乏性で物が捨てられない人が多いようだ。
それにしても本当にうちと状況が似ているじゃないか。


そしてもう一つ、かつおさんは麦さんから重大な話を聞いた。
なんと光三さんが施設に入所するのだそうだ。
しかも自分から入所を決めたそうだ。

「本当に義兄さんはしっかりしとるわ。人生設計をちゃんと考えとるんや」

かつおさんにとって光三さんは父の様な大事な存在だ。
父の茂造さんより頼りにして慕っていたと言っても過言ではない。
光三さんもかつおさんの事をとても可愛がってくれていた。

かつおさんは光三さんが近く入所すると聞いてかなりショックを受けていた。
血族とは思えぬ有能さ


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