かつおさん家のボケボケ介護日記

はじめまして好子です。アラフィフの会社員です。 高齢の義両親・茂造さん(92歳)と綿子さん(89歳)の介護をする夫・かつおさんのサポートをしております。 ここにグチを吐き出しながら明るく頑張っていきたいと思います。

タグ:痴呆

昨日の続き

やっと家に帰るときの話がついたので話題はゆうくんのことやハルちゃんのこと、そして翔ちゃんが茂造さんに説教されたことなどに移った。
にこにこと楽しそうに会話が弾んだ。
そしてかつおさんから綿子さんにブラウスをプレゼントした。

「はい、ばあさん。母の日のプレゼントや」

綿「ええっ!!かまんの」

「見てみて」

包みを開けブラウスを広げてみた綿子さんは

綿「うわ~きれいな色や。ありがとうなぁ」

また泣いた。
相変わらず涙は出ないが。
綿子なりのマナーなのかもしれない

そうしているうちに15分がたちタイマーが鳴った。
スタッフさんがやって来て「そしたら部屋に戻ろうな」と綿子さんをエレベーターの方へ誘導してくれた。

ス「あっちょっとここで待っとってよ」

エレベーターの少し手前で待つように指示された。
扉の真ん前で待つと茂造さんから見えるかも知れないからのようだ。
エレベーターが2階に到着し扉が開くと

ス「さあ、見つからんうちに乗ってよ」

と急かされ、あっさり別れることとなった。
綿子さんのわがままにスタッフさん達も色々配慮してくれているようだ。
けどこれがいつの間にか自分から言い出した事ではなく、スタッフから言われて仕方なく会えないんだというように変換されるとは。
やはり痴呆は恐ろしい。

けれどわたし達としてはあっさり別れられて良かった。
じゃなきゃ翔ちゃんに向かって「また顔見せてくれの」と言って泣くに決まっているもの。

そうそう4階へ向かったエレベーターが降りてくるのを待っていると、食堂の方から茂造さんの声が聞こえてきた。
どうも太い柱の陰にいるようで姿は見えないがたしかにこの中にいるようだ。
大きな声でずっと喋っている。
相変わらず元気そうだ。
会う事は出来ないが元気な様子を知ることができてよかった。
声が大きいのもたまには役に立つね。



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昨日の続き

あと梅ちゃんご夫婦といろんな話をした。
梅ちゃんやおじさんの近況や、先日花さんが来た時の話、茂&綿の話など、久しぶりなので話題が尽きない。

梅ちゃんは茂&綿が入所したことについて
「二人とも施設に入っとったら安心や」と言ってくれた。
わたし達にとっては有難い言葉だ。
「施設に入れるのは可哀そう」とか言われるとやはり心が痛いもの。

途中、梅ちゃんが御手洗いへと席をたった。
足取りは割としっかりしている。
おじさんに「おばさん元気そうですね」と言うと、おじさんは「今日は気が張っとるからシャンとしとるけど、普段は違うんや」と言った。
梅ちゃんは数年前から耳が悪くなり、よく聞こえないそうだ。
それに伴うようにボケボケしてきたんだそうだ。
耳が悪いと刺激が少なくなるからか痴呆になりやすいと聞く。
会話をしていても相手の喋っていることが聞き取れないが何度も聞き返すのをためらってニコニコ笑って適当に返すようになるようだ。
茂造さんもそうだった。
よく分からないのに何でもハイと返事してたよな。
おじさんも色々苦労があるようだ。
おじさんがしっかりしているのは自分が頑張らないとという気持ちからなのかもしれない。
ある意味梅ちゃんのおかげかも。
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昨日の続き

そしておばさんは「ところで綿子さんは大分悪いんな?まだ帰って来れんの?」
と言った。

「いえ、体の方はすっかり良くなってるんですけど、痴呆の方が進んでるんで、入院していた佐藤病院からそのままいぶきの森に入所したんです。なのでもう帰っては来ないんです」

お「そうなぁ。けど痴呆って、そんな感じはなかったけどなぁ」

「みんなそう言うんですけど、大分きてたんです。でもちょっと話したくらいでは分からないもんみたいです」

お「そうみたいやな。この間な、〇〇さん(元ご近所さん)が息子さんと一緒に来たんやけど、息子さんが同じようなこと言うとったわ。今、しっかり会話出来とるけど明日になったら全部忘れとるんやって」

〇〇さんもかなりきてるのね。

お「昔はしっかりした人で車も運転して一人でどこでも行くし、何でもシャカシャカする人やったのに。いつもキレイに化粧してこざっぱりしとったんやけど、こないだ来た時は化粧もしてないし、なんか歳とった感じはしたんや。けど喋ったら普通なんやで」

綿子さんもちょっと会話しただけではボケてるとは思えないとみんなに言われたよな。
けどパジャマでウロウロしたり、シミだらけの服で出かけたりとかしてたっけ。
やっぱりボケるとみな同じようになるんだなぁと感じた。

「米さんが先にボケて、綿子さんがその後を追いかけてる感じなんです」

お「米さんもボケとるんな?」

おばさんは米さんがボケて入所したことは知らなかったようだ。
そこで米さんが出かけると自宅への帰り道が分からなくなってきたので家族が心配して入所させたことを伝えるととても驚いていた。

お「ここで綿子さんと話するのが楽しみやったから、残念やわ。綿子さんとわたしは里が近くでな。昔の話とかも出来てよかったんや」

おばさんちの畑とうちの畑は隣あってるので、畑で会ってはおしゃべりしていたのだ。
おばさんもよくおしゃべりしていた相手がだんだん減ってきて寂しいのだろう。
わたしとはこんなにしゃべったことは無かったのだが、今日は話が止まらない。
自分もボケてきてるかもしれない、息子に「それさっきも聞いた」って何度も言われるんやとか、3食の食事の支度が大変だとか、コロナが怖いとかいろいろ話してくれた。
綿子さんも同じだったんだろうなと思う。
もっと話相手になってあげればよかったとちょっと後悔した。
最後におばさんは「長々とごめんな」と言って帰って行った。

家に戻るとかつおさんが「何しよったん?えらい時間がかかっとったな」と言うので

「向かいのおばさんに会って話込んどったんや。おばさんが綿子さんいつ戻ってくるん?って言うから入所したんやって言うたら驚いとったわ」

「ええっ⁉」

「どしたん?」

「いやこの前わしもおばさんに「綿子さんは?」って聞かれて入所したって言うたのに。「そうな入ったんな」って言うとったのに」

やはりおばさんも大分きているようだ。
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以上がかつおさんから聞きだして整理した話だ。
かつおさんは上手く入所する運びになったことが嬉しくて興奮していたようだ。
それと、久しぶりにいつもの綿子さんを見てうんざりしつつも嬉しかったのだろう。
なので話が取っ散らかって大変だったが、なんとか聞き出した内容がこれだ。
少し抜けているかもしれないが大体こんな話だったようだ。

ところでこの1ヶ月、綿子さんは割と楽しく過ごしていたようだ。
今、入院している部屋は4人の相部屋で、割と歳の近い人ばかりで話も合って、気も合うので楽しいそうだ。
それで全然電話が掛かってこなかったのかと納得した。
寒い家で一人でいるより、病院なら暖かくて、お仲間もいて、3食の心配もないのだからそりゃあ居心地いいのだろう。
入院生活が思いのほか楽しかったので、入所してもいいかなって気になったんじゃないかと思う。
わたし達としては棚からぼたもち、なんともラッキーだ。
けれどいぶきの森はどうだろう?
今いる佐藤病院の同室の方たちは内科的な病気のために入院されている方たちのはずだ。
なので痴呆の方はいないんじゃないかと思う。
けれどいぶきの森は痴呆の方がかなり大勢いると思われる。
話が合う、もしくは合わせてくれるような人と同室になれればいいが、そうじゃなかったら・・・、一抹の不安がある。
どうか気が合う方と同室になれますように。
祈るしかない。
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8月17日 木曜日

今日はようやく茂造さんに面会できる日だ。
かつおさんは今日から仕事なのだが、面会に同行するために昼から半休を取った。
翔ちゃんも久しぶりに茂造さんに会おうかと駆けつけたので、かつおさん、典さん、翔ちゃんの男三人でいぶきの森へ出かけて行った。
綿子さんは前日まで「私は行かん」と言っていたのだが、いざ当日になると「やっぱり私も行こうか」と言い出したそうだ。
かつおさんによると明らかに典さんの傍にいたいだけに見えたそうだ。
そんな人を連れて行ってリスクを冒したくない。
茂造さんが綿子さんに会って、また家に帰りたい病が再発したら困るじゃないか!
やっと落ち着いてきたのに。
綿子さんがどうしても茂造さんに会いたいと言うのなら話は別だが、そうではない。

「昨日まで会いとうないって言うとったやないか。もう施設には3人で行くって伝えとるから無理や。あんまり大勢では行けんのや」

そう言い聞かせたそうだ。

いぶきの森ではパーテーション越しに向かい合って座り、10分間、話ができたそうだ。
今回はきっちり時間を計っていたそうだ。

茂造さんに付き添ってくれていたマネージャーの畑田さんが
「息子さんたちが来てくれたで。わかる?」と問いかけた。

「分からんが~」

三人がマスクを取って顔を見せながら「かつおやで」、「典夫やで」、「翔平やで」と言ったが、茂造さんはやっぱり「分からんが~」と言ったそうだ。
ちょっと悲しい。

しばらく話をしていると翔ちゃんに向かって
「秀夫か!」と言ったそうだ。
それは茂造さんの弟やん!

結局、今日は一度も思い出せなかったそうだ。
けれど「じいさんの奥さんの名前は憶えとるか?」と尋ねると「綿子や」とちゃんと答えられたそうだ。
そしていつものように「私の名前は茂造、昭和7年7月27日生まれ、91歳!」と語りが始まったそうだ。
茂造さんは自分の名前や生年月日、住所などはちゃんと憶えている。
息子の名前も憶えているが、顔と名前が一致しないのだろう。
やはり痴呆は少しずつ進んでいるようだ。

そして10分経つと、きっちり面会終了となったそうだ。
その後、いぶきの森のすぐそばにあるサービス付き高齢者向け住宅へ光三さんに会いに行った。
ここも事前に面会予約が必要だ。
まだまだ高齢者の施設はコロナを警戒しているので、会いたいときにすぐに会えない。
本当にやっかいだ。

光三さんは入所して暫くは落ち着かず、昼夜を問わず電話がかかってきて、ひょっとしてボケてきたんじゃ?と心配したが、今は慣れて落ち着いたようで、以前のしっかりした伯父さんだったそうだ。
話もちゃんと通じるし、受け答えもしっかりしていた。
そして今もなお、茂造さんと綿子さんのことを心配してくれていたそうだ。
とにかく昔とかわらない伯父さんだったのでかつおさんはホッとしたそうだ。

3人とも久しぶりに茂造さんと光三さんの顔が見れて良かったようだ。
早く自由に面会できるようになればいいなと思う。
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